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共感から

  歌、詩、小説などの中に表現されている内容が自分のことのように共感できる作品がそこらじゅうにある。他の人はどうだかわからないが、私の場合、そういうものと出会った時、そうそうそういう気持ちなんだよ、って思う。と同時に、自分の共感者を見つけたような気持ちになって舞い上がってしまう。この舞い上がることがだめなのかもしれない。舞い上がった後に、共感できない部分まで自分の経験を当てはめてしまうのである。例えば、心の悲しみを表現した歌があったとする。その中の一部分に自分が共感できるところがあり、それによってその曲がとても好きになる。そして、何度も何度も聞くうちに自分の状況とは全く異なる状況を歌っている箇所でも自分の経験を無理に当てはめて、そうなんだよね、と同感してしまうのだ。さらにこのとき、自分の経験を無理に当てはめている自覚は皆無であるのでなおさら面倒なのである。

 自分が正しく見えていないことを意味しており、心を沈めて、自分の現状を見直せば大概間違った解釈であることは明らかなのである。しかし、その時の自分にはそれが真実であり、何も間違ったことはないと思いこんでいる。自分を曲に寄せているのである。

 

ーーー話したいことーーー

 今のところ人はいつか死ぬ。けれどあんまり自分が死ぬということについて考えることはない。死んでしまうとどうなるのか。今死んでしまうとしたら、どういう気持になるのか。そんなことを考え出すと、寝られなくなる。一秒でもムダにしてはいけないのだなって思えてくる。そして焦って何をすればいいのか考える。だけどででこない。そして、ムダってなんなのかって考え始める。でも答えはでない。

こういうようなサイクルを何度か繰り返している。毎回同じではないけれど、大筋は同じであって、結局何も答えが出ずに、もっとがんばろうという何を頑張るのかさえ明らかにせずに終わってしまうのだ。