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方法論はひとつの道筋

  何かをなすための方法論が世の中には数えだすとキリがないほど転がっている。その一つ一つに対して馬鹿らしいなどと思うことはない。考えるのは一つのことだけ、この方法は今の私に必要なのか、ということ。と言っても最近は方法論を調べることもなくなってきたような気がする。それよりも自分でこんなやり方はどうか、彼はどうやっているのか、というふうになってきている。

 

何にせよ、方法論について考える上でもっとも重要なことは、それがある目標を達成するための一つの方法に過ぎないということである。例えば、受験勉強には様々な方法論が挙げられている。その中のどれを選んだからと言って、合格が約束されるわけではない。絶対ということはない。私たちにできるのは、少しでも確率をあげること、そのために合格を信じて努力することだけである。(ここでの努力とは、ただがむしゃらに時間を使うことではなく、時間あたりの習得量を最大限にしようとすることである)そしてそのために、自分に合った方法論を選んだり、生み出すのが大切なのではないか。以上のことから方法というのは必要なくなれば捨ててしまえばいいし、変化させていって良いものなのである。

 

ひとつ難しいのは、ある方法論が自分に合っているのかの判別が非常に難しいことである。ある方法論を試した時、瞬時に結果が出なくとも、後々大きな成果が出てくることもある。しかし、これは続けたことから得られたことであり、初期の段階でこの方法を捨ててしまったり、変化させてしまえば大きな成果は得られないこともある。非常に難しい。できることは、ある程度はやってみること、そして絶対ムリだと思うものには取り掛からないことである。無理と思いながらやるより、できると思っているものを積み重ねるほうが効果は大きくなるだろう。

 

 

ーーー話したいことーーー

自分を偽っていることが結構ある気がする。例えば、自分が思っていることと反対のことを口に出していたりする。その後、なんで、って自問自答しても答えは返ってこない。これが一番苦しいことかもしれない。人に嘘つかれてもそれで終わるけど、自分の場合、ずっと後悔しちゃうものはしちゃうから。