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なんとかなるさ

なんとかなるさ、とても素敵な言葉、魔法の言葉。この言葉が特に輝くときが2つある。一つは、自分にはいかんともしがたい状況にある時。もう自分にできることが何もないときだ。(そんな時があるのかは考えないでおきましょう!)そして、もう一つは自分の行動に対して自信がない時だ。前者は何も述べる必要がない。どうしようもないのだ、ただなんとかなると思うこと、楽観的に状況を見つめることをすればよい。
では、後者は、なんとかなると考えることで、どれだけやりたいことでもこれまでストッパーを外せなかった選択ができるようになる。もちろん、そこには、自分の望みとは異なる結果が出てくることもあろう。というかそちらが多いのではないか。よく言われている、やらぬ後悔より、やって後悔。どちらも後悔しているし、どちらか一方の後悔しか経験できないのだから、どちらの後悔の方がましなのかはわからないはずだ。実際、どちらがより大きな後悔になるのかはケースによるだろう。しかし、やった場合はやらなかった場合についてあまり考えないのではないか。そして、やらなかった場合はやったことについて延々と思い馳せてしまうのではないだろうか。過去にとらわれ未来にむかって現在を進むことができない。これこそ我々がもっとも避けねばならない状況である。なぜなら、我々は日々を毎日を生きることで生きていることを証明しているのだから。それを過去に囚われ続けることで奪われてはならない。そんな状況にならないために、なんとかなるさ、は多大なる力を発揮するのだろう。(なんとかなるさ、には自分の行動が不可欠なのかもしれません。)
 
 
ーーー話したいことーーー
少し、前回の記事から間が空いてしまいました。これは自分との約束、毎日ブログを更新する(不文律ではありましたが)を守れなかったことを意味します。これは残念ですが、ひとつ復帰する勇気が自分にもある。動き出すことができるという気づきを得たという点ではとても素晴らしい経験をしたと思います。
恐れや憂いは考え始めたら、いや考えずともいくらでも浮かんできます。様々な対処法があるでしょう。とにかく行動すること、ひとつひとつ消していくこと、そんなこと忘れるぐらい何かに没頭すること、眠ること、体を動かすこと、本当にたくさんの方法があり、私達は幾つかをもちいて、時には組み合わせて恐れや憂いに対処しています。しかし、時には飲み込まれることがあるかもしれません。僕もささいなことで飲み込まれていました。そんな時、頼りになるのは自分です。自分がいまどんな状態にあるのか出来る限り客観的に眺めることなのです。これは非常に難しい。気づけば、世界で一番哀しい人間を演じようとします。そしてそれが自分であると思い込もうとしてしまいます。そんなわけがない。比べるのはあまりよくないかもしれませんが、世の中にはもっと不幸な人が多くいる。周りを見渡せば小さな幸福は様々なところに落ちています。私達はそれを拾わないといけないのです。突っ立っていては手に入れられないのです。勇気を出して探しましょう。哀しいことを忘れるぐらいに幸福探しに精を出しましょう。