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行動に対する意味づけ

 自分の人生に、あるいは自分の行動ひとつひとつに何か意味があるのだろうか。散歩をしている時このようなことがふと思い浮かんできた。気づけば私達は何かの行動に対して意味をつけようとしがちである。確かにある行動に意味がついていれば自分がその行動をしたことに対して何か罪悪感のようなものが生まれることはない。なぜかはわからないが、何の意味もないと思われるような行動には自分がさも悪いことをしているとでも感じさせる罪悪感、背徳感のようなものがある。しかし、実際に、意味があると思っているものでさえも意味があるのだろうか。意味を付ける必要はなく、ただそうであったから、ただやりたかったから行動した、そこに意味など必要なんだろうか。

また、もし意味付けをする場合にもその行動に意味をつけられるのは自分自身であるので、すべての行動に対して良い意味をつければ良いのではないだろうか。わざわざ悪いことをしていると考えて自分を追い込む行為が必要なんだろうか。そうしないと、何もできないのは何か虚しさを感じないだろうか。

私は最近、ブログを書き始め、日記をブログとは別に書き始め、また散歩もはじめ、次は座禅を始めようと考えているがすべてやりたいからやっていたり、やろうとしている。そこに意味をつけるとすれば、楽しいからである。それだけでいいのではないだろうか。

 

 

ーーー話したいことーーー

 昨日自分が正しいと考えていたことが翌日になると真逆の考えになっていたりする。私だけかもしれないが、人間の考えなんて全くあてにならんなと思う。しかし、ながら頼れるのはその人間の考えだけであるので少しでも変なところはないか、自分の考えは自分の視点から見て正しいのかを問うことにしている。(毎回、しっかり問えているわけではなく、気づいたときだけではあるが)

 

 今ハマっている小説は「人生逆戻りツアー」泉ウタマロ著である。イレーヌとおばあちゃんの話やクロードの少年時代の絵の話はなぜだかわからないが涙が止まらなくなる。(1日に3度は涙を流してしまう私なので、他の方が読んでも何も思わず読み通してしまう可能性大です!!)