自分のほんとにやりたいこと

 
 
自分が何をやりたいのか、これはとってもすぐわかる。でもわかりにくい。どういうことか。自分の心に、気持ち(心とか気持ちってどこにあるのでしょうか)に問いかけてみれば、自分が何をやりたいかってことはたぶん教えてくれる。でも、教えてくれたことをやったからといって(想像通りの大成功でも)、必ずしも気持ちが満足するわけじゃない。なぜなら、自分の気持ちは、そのやりたいことを通して得たい何かを持っていることが多いから。例えばよくある話だけど、お金持ちになりたいって心から思う人っていっぱいいると思う。でも、お金持ちになることがやりたいことじゃなくて、お金持ちになってそのお金を使って何かをするのことが本当のやりたいことだと思う。より深く考えてみると、そのお金を使ってやることがやりたいことじゃないこともある。その行為によって、満足感を得たい、充実感を得たい、笑いたい、幸せを感じたいって思ってるのかもしれない。
 
だから、自分の本当にやりたいことはなんなのかって自分自身で考えるのはとっても難しいと思う。自分になんでこれがしたいのか、って問いかけるのはとっても楽しく、辛いことだから。考えているつもりでも、自分の気持ちが自分に対して本心を言わないこともあると思うし。 でも時には、心の奥の奥の声が聴こえるんものだと思う。とっても真剣に聞いていれば、ひとつぐらいほんとのこと言ってる。最初は全然できないかもだけれど、その聴こうとする作業自体に意味があると思うし、聴ければそのやりたいことを達成するのにより良い他の方法が見つかるかもしれない。
 
 
 
今日の(いやほとんどの)記事は自分自身に対して言っています。とっても迷うし、とっても不安になる。自分の進む道、生き方は正しいのか。(正しいなんてないと思っているのに、考えちゃうのはなぜだろう。内心では思えてないのかも、なにか一つの正しい道があるとでも思っているのかな。)
それも自分、けどその自分にプラスして、自分が何をしたいのか少しずつ分かっていければ良いのではないかな。できることをやっていこうと思う。
 
 
ーーーどーでもいいことーーー
今回のどーでもいいことは、自分の文章に、「~だと思う」、とか「~だと考える」とか言い切れないことについて考えてみたい。自分が言い切れないのは、自信がないからだ。だってそうだろう、まだ20年生きてきただけの人間が何を知っているといえるのだろう。でもちょっと待てよ。僕がもし、60歳になったとして、ブログなんかを書いていたとしたら、言い切れるようになっているのだろうか。たぶん、無理だと思う。なぜだろう、みんな色んな考えを持っていると思っているからかもしれない、自分が間違っているのが怖いのかもしれない。(たぶん両方ある、後者の方が大きいかも)
間違っていてもそこで修正すればいいし、間違いだなんて決めるのはとっても難しいことだと思うから、間違いだって指摘してくれた人はとっても真剣にこの文章に取り組んでくれた証でもある。だから、間違いだっていいから、言い切ったほうが良いのかもしれない。これからはちょっと自信がなくても、言い切りの表現を使っていきます。(でも自分でもこの考えはどうなのか、って考えていくことはやめてはいけないっと思っています。)
 
それでは